(東京・札幌五輪) 現生人類史、出アフリカ~南米南端の「沿岸」に注目!

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現生人類は、左図1アフリカ東部が誕生地域と言われ、出アフリカ・アラビアでユーラシアに入り東進の沿岸ルートが注目されます。

更に30~20万年前の誕生以降では、左図下南アの海岸遺跡で発掘された海辺の種族が、16.5万年前から居住し、脳の成長によいと言われる魚介類を食し、赤オーカーでおそらく体などを彩色し、穴空け貝ビーズ装飾品を身に付けた格段に向上した認知力を示しています。これは森やサバンナにおける生きるだけと言っていい暮らしとは大きく違う進歩であり、サル、原人・旧人と決定的に異なるものです。そして、①このアフリカ南端と出アフリカの注目地バブ・エル・マンデブ海峡南域の遠く離れた人々にDNAの繋がりがあると発表されています。海峡は数万年前の氷期の海水面低下でも幅10km、最深50mは有ったとみられ、親子連れが歩いて渡ることは出来ませんでしたので、a.海辺で暮らしていた、b.認知力が向上した、種族だからこそ出アフリカしたと言えそうです。

他方、南ア海岸遺跡の種族は決して特異なモノではなく、600km北のカラハリ盆地の種族も鉱物やダチョウの卵殻を集める認知性を示しており、現生人類・新人の広域における着実な認知力進化があったことが分かります。一方、海辺暮らしに関しては、森やサバンナの猿やヒトの暮らしとの大きな違いがあり、また、②ヒトの体に残るサルと全く異なる体毛・皮膚、太り、耳・鼻、脳サイズ・しゃべり、未熟赤子生み落とし、水産物食、などから遥かに古い時代における水(海)辺種族のアフリカ北東部からの拡がりを言う学者もいます。いずれにしても、「海辺の人」と言うべき種族が、出アフリカ・アラビアを果たし東進して「沿岸」を、長距離の北上南下により南米南端まで、太平洋広域の移住史を残したと言えなくもありません。陸地ハンターと石器研究の先史に「沿岸」種族の暮らしに注目した深堀りの内容を加える必要があります。そして、右図日本祖史もそういう流れの中で理解せねばなりません。子供に教え、世界に発信を。

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