(東京・札幌五輪)日本祖人Proto-Japanese・(2代目)縄文人 の原郷は南方です!

カテゴリー: 最新情報

左図は、やっと北・西・南からという誤りの3方向渡来図でなく、また、アメリカ新大陸への移住は沿岸ルート新説となっていて評価します。問題は、肝心の日本へは赤丸B北京西方から朝鮮半島経由、更に原郷は中央アジアという、考古学・言語学者には驚きの酷い図になっています。

約4万年前から始まった列島史のはっきり人骨である右図沖縄の祖人・石垣島は2.7万年前ですが、誰もが南方系Aと認識しています。他方、欧米学者も大陸内のしっかりした遺跡遺物として特性を認めるバイカル湖地域は2.4万年前のものですが、南方系では、インドネシア西スマトラ・フィリピン7万級、ラオス6万、台湾5万、豪州6~5万年前の遺跡のみならず、アンダマン諸島・マレー半島などには今も、出アフリカの古い民族が存在し、スリランカでは生活が難しいとみられていた熱帯雨林中で4万数千年前の遺跡が、インドに至っては8万年前のものが発見され、充実はっきりの南方であり、アジア史の基本は現生人類の北上の足跡なのです。これらの事から、①南方の“インマレイド”(古モンゴロイド)人種が北上(日本列島にも)し、1~2万年前の新しい時代に降雪寒冷地への適応を遂げて「モンゴロイド」となり、逆に大きな影響力でモンゴロイドが東南アジアにまで南下したのが基本です。欧米学者がこれを新・旧モンゴロイドと呼んだ区別の仕方も誤解の元です。つまり左図もやはり3方向渡来図と同じで、新しいモンゴロイドの南下を大書してしまった新旧混在の誤りなのです。そして、“渡来弥生人”は実は縄文人の子孫だった、日本海側の“渡来半島人”は、実は北九州縄文人の子孫の移住だった、騎馬民族は来なかったし大量の渡来民族は来ず、列島内の勢力争いや環境などの地域差であるという最新の研究成果が反映されていません。誤り理由の一つは、右図始まり時代の「北東ア平野」、「曙海」、海水面低下などが正しく認識されていないことと、始まりの「祖人Proto-Japanese」という最初の祖先を示す用語が認識されていないことです。

無論、縄文人は2代目ですから「どこから」は愚問の日本列島人ですし、鎌倉時代からの少数渡来アイヌAinuは本議論には全く関わりありません。因みに言語の面でも、日本人は、環太平洋語族(元日本言語学会長:松本克己博士)であり、決して大陸内陸系ではありません。

子供に教え世界の誤解を正すべく発信しましょう。

Science Media Centre AUS

↑トップへ