家族が、造った舟で外洋を3~40km、北部九州に渡って来た認知力を有する祖先によって始まった日本祖代は、「原始」生活と言うより「自然共生」がふさわしいです。海水面が低下していましたので瀬戸内、東京湾は陸地でしたし、五島から隠岐までも陸地が拡がっていましたが、なんとこの図は実によいイメージ(大阪、京都、愛知はずっと後なので割引を)なのです。
始まりは左下、南方から曙海西方の北東ア平野の沿岸を北上し対馬(もしかしたら五島)に渡来し、曙海東岸を沖縄へ、また、大雪の降らなかった列島の東西から北上して行って北海道にまで、3万年前には拡がっていました。痕跡は見つけられませんが、海岸の魚貝・海藻を食した暮らしも表現されていますし。アルカリ性土壌のおかげで人骨が発見されて復元された、写真のような沖縄の祖先(石垣人、港川人の様 な老若男女 )が拡がっていたわけです。他に、当時の道具作りの宝物であった黒耀石の原産地である、八ヶ岳、伊豆の海を越えて行き来した神津恩馳島、遠軽白滝、隠岐、腰岳なども注目です。
最後に、北海道から北上を続けて行った先の今世界で話題の「最初のアメリカ人First Americans」という、 国際的な 問題です。
それは日本祖人・北海道Proto-Japanese Hokkaidoが北上を継続して、北太平洋沿岸・「昆布ハイウェイKelp Highway」から 17,000年以前に、舟で入って行った、最初のアメリカ先住民の祖先の候補であるからなのです。 皆さん、島国だからなのです、万年の大昔をこんなに描けるなんて世界にないです。考古学者さんにも感謝です。 海外に発信しましょう、何よりも子供に教えましょう。
コロナ自粛の読書:「脱線の海道」:http://www.sunda-wind.net/news/8663