図中 人類史「最初のアメリカ人」の新大陸西沿岸から進入南下説の高まりで、北海道祖人Sojin(縄文の前)に史界が注目してきています。

図左 東京帝大の坪井教授は北海道の遺跡調査を踏まえ、列島に貝塚・石器を残した先住民を自由に議論すべく学術用語(全国該当)「コロボックル」と命名制定し、探究対象の先住民に関して官憲介入の生じない自由な論議を主導し、当時は明治のお雇い外国人教授や同意見の日本人学者たちとの論戦で劣勢でしたが、今ではアイヌではなく縄文人として坪井が正当であったことが分かっています。

図右 同じく助教授の鳥居は、現地調査から時を経て北千島民こそ伝承の実在コロボックルと大正初期には正式に学界発表し専門誌に記述しました。

しかし、巷間では現地調査直後のコロボックルはいなかったと言う誤解が広まったのでやがてはおとぎ話矮人コロボックルとして妖精や悪戯者、中には真逆の加害者として書かれる誤解が放置されており、正されねばなりません。

コロボックルを正しく世界の教室に―日本祖代研究会(RGaPJ)

でも私たち現生人類は「アフリカ黒人」の子孫で出アフリカした親戚であり、旧人と新人は猿と旧人が違うように決定的に違いがあります。

➀少年が見つけて博物館に持ち込んだ小石は、ネアンデルタール旧人の石器手斧の発見という騒ぎです。近年、学者先生はネアンデルタールやデニソワの旧人について、また新旧の交雑問題に関心が向いており、あのコロナの耐性も旧人の1~4%のDNA因子の混じり具合の影響だと発表して注目されています。

②しかし何といっても私達新人は、ハッキリ「アフリカ黒人」の子孫ですし、新旧は違います。祖先の「祖人Sojin」(縄文の前)は海を越え、伊豆の生業航海や陥し穴猟などを行い言語力を有するなどの原始人ではない格段に違う認知力のレベルなのです。

仮に日本で旧人骨や石器がハッキリ見つかっても、大騒ぎすべきではなく(するでしょうが)、祖先である祖人sojinについて更に探究し解明努力すべきなのです。

教室は周回遅れ―日本祖代研究会(RGaPJ)

図左 コロナ、コロンボ、コラボなどではアリマセン

図中 世界人類史「最初のアメリカ人」は、2.3万年前の北米ニューメキシコにおける足跡発見による新大陸西海岸の「沿岸ルート説」の高まりやシベリアDNAは渡米が新しいとの近年の分析で定説は揺らいでいます。

図右 青森・陸奥平野(祖代当時)北上の北海道祖人Sojin(縄文の前)は、参加標準突破の有力候補なのです。坪井正五郎の貝塚・石器遺跡の、Kelp昆布Highway上の鳥居龍蔵が現地調査した北千島(遊動海民の留頓ルトン)の、今、コロボックルに光!なのです。

教室は周回遅れー日本祖代研究会(RGaPJ)

図右 南方から北上の長い始まり祖代の北海道祖人は、人類史のアメリカ新大陸西岸南下説の近年の高まりで注目です。

図左 広辞苑が用語の苑見解を示さない重要な項目のコロボックルに関して、放置されている誤解問題は、東京帝大教授の坪井正五郎が明治期に用語コロボックルを制定して自由な議論を主導してから百年を超え月にロケットの飛ぶ時代の今、鳥居龍蔵の発信内容や巷間の誤解状況を加え、他の項目と同様にまず学術用語としての意義をしっかりとすべきです。内外に知られず、あるいは誤解を正す充実の記述がなされるべきです。

教室は周回遅れー日本祖代研究会(RGaPJ) 

未だ教室に約4万年前からの日本の状況やコロボックルは登場していません。広辞苑先生、坪井教授が正しいか間違いか今も分からないのですか?没後百年経ち、月にはロケットが飛んでいる時代ですよ。自由に説明を。

図右 近年のDNAと考古学の分析等から、日本史の始まりは約4万年前の北部九州、南方から北上の列島拡がりです。北上継続でアメリカに関わったのか?今注目です。

図左 近代科学の扉を開いた明治期、坪井教授の用語コロボックルの制定で、逮捕や発言の撤回強制もなく自由に白熱の議論が行われて(全国)遺跡図が示される学問の進展がみられました。広辞苑はあくまで坪井教授がそう主張したとしていますが、他の項目同様に自由に見解を記述すべきです。

約4万年前・祖人やコロボックルを教室に世界に―日本祖代研究会(RGaPJ)

図右 大正6年当時の人類学・考古学等の先進学術を踏まえて書かれ話題となった標題小説は、東西の大軍が多摩川で対峙し激突するという言わば「歴史考古SF小説」であり、近代科学に扉を開いた明治期に東京帝大の坪井教授が、アイヌの伝承から導入し活発に議論された先住の「コロボックル」を主人公としているこのようなモノが書かれた事が興味深いです。現在からみれば誤りもありますが、特に当時の人々の歴史認識における開闢大昔は、3千年前程度でした。

図左 今や日本史は約4万年前で、坪井教授が官憲の学問介入を排すべく導入し熱い議論を生んだ新用語のコロボックルは、その後の発掘の蓄積やDNA研究から実在の南方北上の祖人Sojin直系の祖先としての貝塚石器・縄文人であり、後の北千島・遊動海民「留頓ルトンRouton」でもあります。コロボックルは、事情があった誤解で小人強調からおとぎ話が生まれて妖精ファンタジーに全く形を変え細々と存在していますが、その歴史的な内容を正しくしっかり教室に世界に紹介すべき時代が到来しています。それは、縄文前の始まり祖人について、「最初のアメリカ人」問題で北海道や北千島が特に米学界の視野に入ってきており注目されてきているからなのです。

教室は周回遅れー日本祖代研究会(RGaPJ)

図右 始まり「祖代」は教室に用語が無くススのまま放置ですが重要な基層であり、南方から北上した列島中への拡がりは、今、北上継続による「アメリカ関わりへ?」が問題で注目です。

図左 巷間本・博物館などに依然として見られる3方向渡来図は、時代が全く新しく3つバラバラで肝心の「沿岸ルート」が入っていない酷い誤解を招くススです。人についても、2代目の道産子などに何処からと問うスス愚問が依然として散見されます。日本史上、大量渡来の確認されない列島内での諸勢力の栄枯盛衰を、あたかも外勢力の大進入と印象付けてしまう黒いススも見られますので要注意で政争が必要です。

教室はススまみれの周回遅れ―日本祖代研究会(RGaPJ) 

図右 教室の年表には「祖代」用語がなく(後期旧石器時代で放置)、世界に通ずる分かりやすい説明・議論ができず大きな問題です。始まりは南方北上の一方向性(北海道へ北上、沖縄へ南下)であり、長期定着し縄文に繋がり(浜北遺跡で実証)ました。巷間本・博物館等の3方向(樺太、朝鮮半島、台湾から)渡来図は、3つの時代の違いと進入の影響度を無視した誤解の元で最も可能性の高い沿岸ルートが無いのが問題です。今、青森~北海道東の祖人が渡米・西沿岸南下に関わったのかが世界の注目です。

図左 島国の膨大な遺跡実証により、約4万年前(学界主流)からの暮らしを推定できる事は世界の驚きです。大陸・半島(当時は無かった)から来たと言うのは誤解で、曙海の沿岸海民の沿岸・多くの小島暮らしを経た北部九州への渡海です。伊豆の生業航海は謎ではなく、陥し穴猟、環状キャンプ、磨製石器、釣り針などの世界先進(原始人ではない)の暮らしに注目し紹介すべきです。

教室は周回遅れ―日本祖代研究会(RGaPJ)

肥満と縄文DNAの関係はよいが、歴史説明が適切でなく問題です。
➀日本史年表の祖代と祖人Sojinの先進の暮らしをよく認識することが基本です。

②NHK報道の縄文DNAー南方由来の始まり祖人繋がりが日本人の起源であり、約4万年前(3,8万年前、静岡実証)に、「曙海」沿岸海民が北部九州へ筏渡海しての始まりで、沖縄へ南下、北海道へ北上と更に継続です。巷間本・博物館等の3方向[樺太、朝鮮半島、台湾(沖縄へ)から進入]渡来図は誤解を招く不適切なものです。

・不適切な「旧石器人」として用語を放置していることで用語の無い祖人と、2代目の縄文人の関係は、江戸人と明治人のようなものであり、坊主になって服を脱げば変わりないのです。

・北海道縄文は祖人の子供で道産子であり、江戸期に8万本州人が金採掘などで北上し渡道したことが現代縄文DNAに大きく影響しているのです(アイヌは縄文人直系ではない)。

・日本への大陸・半島からの「3重渡来説」は誤解です。最初は曙海沿岸からであり、その後の言われる弥生・古墳時代などは大挙進入した訳ではなく誤解であり、あくまで島国内の栄枯盛衰の結果です。 現下の問題は、祖人は渡米?ー日本祖代研究会(RGaPJ)

沿岸ルート説の高まりで、今、北海道祖史に光が当たってきています。

➀40年来の議論は、DNA分析でアジアからとなり、近年、北米の2.3万年前の足跡発見で内陸の無氷回廊の通過に疑問が生じ、沿岸南下説の高まりで今、西沿岸での活発な実証調査が行われています。

沿岸という事で、太平洋の家族横断も挙げられますが、最東のイースター島(モアイ像)への移住が千年前程度でゼロが足りずムリで、北方の時計回りの狩猟族の東進と環太平洋・日本ルートが注目されています。

②日本の始まりは、北部九州・筏渡海の約4万年前、伊豆の生業航海(実証3.8万年前)や陥し穴猟など、日本の始まり祖代Sodaiの状況に米欧で理解が進み「道東ゲートウェイ」発の説が登場し、沿岸ルートを支持する「鮭追い説」など古い調査・説に光が当たります。

北海道東祖人Sojinは、西海岸の南下・ユーコン川遡上の「氷床川を含め鮭追い移住」に関わったのか? に注目です。

教室は動向に周回遅れ―日本祖代研究会(RGaPJ) 

Craniofacial analysis indicates the Pacific coastal and Ecological dispersal corridor of north American continent.

➀ Kelp highway migration from East to West along Eco Mirror Symmetry route

② Inland hunters adapted to the life of West Coast

―RGaPJ

図左 頭と顔の形態分析で米・西沿岸域は人々が近縁かつ最古で南下及び内陸への拡散の主体です。古人骨の形態特性は、現代の東アジア人とは似てなく西沿岸先住民との類似性は有りますので、新・旧及び遠距離のこの沿岸繋がりは重要です。そして、アメリカ新大陸の南北ともに東西2つ(西沿岸部と内陸)の系統であることも、人類の拡散状況を知る上で注目されます。

図右 この形態分析から同環境の拡散(経度的)が注目され、日本列島側とアメリカ西沿岸側との生物の鏡面対称論が示唆する環境を踏まえた登山モデル説に光が当たります。「環太平洋ルート説」内でそれを支持する「太平洋沿岸拡散回廊PDC」説であり、ルート・モデル上の否定要素の無い北海道祖人に注目なのです。

教室に祖人を世界に北海道史を―日本祖代研究会(RGaPJ)  


➀ Inland route
New theory of inland hunter’s “marinarisation” has come out to Kelp Highway in Beringia as coastal migration hypothesis has become popular.
② Coastal route
AB :It took long duration for adapting to quite different from near equator life in higher latitude, such as clothing and dwelling.
BC: Long and cold route, but it was not so slow migration in spite of moving very cold zone.
It might be preparation for life already in Japan, rich diet of marine resources, rather mild climate along coast of north Pacific.
CD :It was rather fast because of better climate, but not ”Express” , as previously thought.
-RGaPJ

➀シベリアのマンモス・ハンターが獲物を追いながらベリンジア陸橋から入り「無氷回廊」を通って拡がった定説は、回廊が閉鎖中とみられる2.3万年前の足跡がニューメキシコWhite Sandsで発見されて大きく揺らいでいます。近年は米西海岸・太平洋沿岸の「昆布(Kelp)ハイウェイ」ルート説が高まり、更に、最新のDNA研究で実は北米先住民Nativesの古DNAは到着が新しく(紀元後多し)、それと違い無視された青森-北海道祖人は次々に島が見えた千島北上に否定要素が無く(プーチンはおらず)光が当たり、今、米学者にも指摘されており「とっても」重要です。

②内陸狩猟族に関しては、ベリンジア南岸到着で大槍を捨てフネに乗り海産物を食す「海民化“Marinarisation”」の論も登場しています。尤もこれは依然として従来のシベリアイメージに引き摺られ、北米先住民Nativesの古DNAは到着が新しいという最新研究が反映されていないようです。

「最初のアメリカ人」問題の最新の研究・発見からは、実は北米先住民やアイヌは新しい事が益々明らかであり、また、注目の沿岸ルートは海面上昇で遺跡が海中にある困難性もあって、論文やyoutube動画は低調化していますが、日本・北海道史にとってはとっても重要なのです。

教室に「祖人Sojin」用語が無く問題。紹介・議論できず―日本祖代研究会(RGaPJ)

➀アジア東部の内陸族系野移住説、欧米ではこの東部シベリア狩猟族ルートが認識されてきていますが、近年の米西海岸南下の「沿岸ルート」説の高まりにより、DNAと足跡の発見から2.5万年前頃に北のベリンジア南岸で大槍を捨て「海民化」暮らしに転換したという論が登場しています。実はこの時代標準で見ると、東部シベリアで遺跡・遺物の発見は無くあくまで「環太平洋ルート」と同じ説です。

②環太平洋ルート説の行程

近年の米西海岸南下の「沿岸ルート」説の高まりで、日本の遺跡・遺物、特に伊豆の生業航海(3.8万年前)、南方スンダランド地域の遺跡・遺物が注目され、「環太平洋ルートMPOR」説の提唱(祖代研)に光です。

各区間の特色は、以下の通り(祖代研)です。

A~B:緯度北上に最も長期間を要しましています。南方民「インマレイ」(欧州学者の「旧モンゴロイド」用語は誤解させる不適切)が、裸体から衣服・居住暮らしの大変化に適応に期間を要したのでしょう。

B~C:長距離・極寒の区間ですが、意外に普通速度です。日本で既に北の暮らしの準備ができていた、「昆布(kelp)Highway」の食に恵まれた、沿岸気候は相対的に極寒を緩和していた、ことなどが考えられます。

C~D:赤道を通過する相対温暖の沿岸をフネで南下したと考えられます。チリのMonte・Verde遺跡(1.45万年前)発見で、欧米が「急行」と名付けましたが足跡発見を考慮すれば実はちょっと速い普通です。

36,700年に及ぶ環太平洋ルートのこの特色は納得の1例であり、北海道東祖人に光という日本史の重要内容です。
教室に世界に、「環太平洋ルート」・「インマレイ」・日本の「祖人Sojin」の紹介を―日本祖代研究会(RGaPJ ) 

↑トップへ