①世界史絢爛のエジプト王朝は、豊かな財であのピラミッド・スフィンクス建設だけでなく船団が海外から希少な宝物を取り寄せていましたが、謎の宝物の地「Punt」はヒエログリフに記載された数々の宝物の品目から東南アジア説があり、クレオパトラの真珠など海の商人フェニキアや海民タミルの関わりが考えられます。

②他方、日本においては世界驚きの行動(生業航海、キャンプ暮らし)・遺物(磨製石器・釣り針等)の祖代と世界遺産の縄文を基盤とし貴重な真珠を有することから、ポスト縄文は海外からの稲と青銅・鉄の取り込みで社会経済が急速に変化し発展していきました。戦後無視された記紀の内容に関する近年の実証的な研究も進み、(神武天皇)の船団攻撃を支えた出陣地域の人口・経済力の状況、河内潟の当時の地形と日本書紀の攻撃記述の整合などが明らかになってきている神武天皇建国に至ります。

③注目すべきは、「婚姻戦略」を可能にした大和王権の支配の拡大と万世一系の天皇を戴く国体質の形成であり、また、埴輪が明らかにする離散ユダヤのみならず徐福一行の訪日や貴重な真珠を有しましたので「海のシルクロード」からの商人来日による知識・文物がもたらされた海外影響が考えられる事です。

AI時代の歴史教室は暗記ではなく探究の課目とすべきであり、誤解の多い世界に重要な日本史状況を発信すべきです。―日本祖代研究会(RGaPJ)

 縄文時代が終わり、世界も日本も激動へ。

①真珠と貝紫の秘密主義商売人フェニキア(3年海外行動力で、東南アジア・豪州東側に来ていたとの噂も)がアルファベットを使い、インドではアーリア侵入の中で海の貿易民タミルも宝物を提供し活躍していました。エジプト王朝のあの絢爛のクレオパトラは、溶かし真珠を飲んでいたそうです。

②最下層に置かれていた多くの出エジプトのユダヤはモーゼの導きでイスラエルに至り、フェニキアが宝物を運んだソロモンの繁栄もあった栄枯盛衰の激動を経て結局はアッシリア、新バビロニアに滅ぼされ辛い離散・ディアスポラとなり、その後の世界史、日本史に大きな影響を今も与えています。失われた支族はシルクロードを経て日本にも渡来と言われていますが、「海のシルクロード」ルートもあったことでしょう。
③遂に日本書紀・古事記の東征戦闘の神武天皇が伊勢の方から進入して太陽を背に稲作と鉄の当時の先進地である奈良盆地・橿原において建国、大和王権は外来勢力が支援(明治時代のお雇い外国学者等より影響大?)したと考えられます。美しい真珠の日本に稲と鉄が入り社会は激動しましたが、その渡来勢力の影響は1.北部九州からか、2.直接的に(黒潮)伊勢志摩・畿内へか、という事でやっぱり始まりの大和王権時代からあの「やまたい国」論議のようなような問いが発せられます。マッカーサーによって発禁・黒塗りされた日本史は最新の科学の光が当てられ、今抜本的に見直されようとしているのです。

AI時代の教室は先ずは副読本でもいいですから論議を、世界に日本の状況の発信を。―祖代研究会(RGaPJ)

下図左、南方諸種族との指摘されていた民俗の類似性が最新のDNA分析で確認され、1万件超えの考古発掘結果等と合いまって、始まりは南方から北上した現生人類が曙海沿岸から約4万年前に対馬を経て北部九州に家族が筏渡海し、列島に拡がったものと考えられます。

図中、南下して沖縄へ進出、関西及び関東・甲信越における列島中央部での広域交流の賑い、北上し太平洋・日本海両側が東西合流した青森・陸奥平野を基盤に北海道に適応し恵まれた黒耀石の広域交換から、北上を続け樺太・千島へ進んだ痕跡があります。また、アメリカ新大陸人が最新の研究により沿岸のKelp/昆布ハイウェイを進入したと考えられてきたことから、北海道祖人Sojinの関わりを指摘する米学者も出てきております。

図右、南方海民系を示す文献と遺物による黥面文身(入れ墨)及び今に見る皇族薨去での御舟入(おふないり)と称する納棺葬礼の習俗がみられます。神武天皇伝説についても河内潟の行き来の東征戦闘の実相についての日本書紀等の記述と当時の古地形痕跡(遺跡等)が具体的に一致する驚きの時代的な実証性が確認され、ご成婚とその後代の特徴的な婚姻による勢力拡大等は重要な事で、伝承の理・実証科学の光が当たってきており史界の注目です。

残念ながら在野研究を含めたこれらの進展にも拘らず、教室での紹介もなく海外発信も有りませんので政府による硬直打破の適切な対応を要請します。在野含めた史界の動きに教室も対応すべきAI時代なのです。

―日本祖代研究会(RGaPJ)

Theory of Migration route along Pacific Ocean Rim from ancient Sundaland in Southeast Asia to Patagonia in South America through Beringia and west coast of North America― RGaPJ

最新のDNA分析と列島1万件の祖代遺跡から見えて来た始まり時代。

ヒトは4万年程度では変わらず、その脳は建て増しなので大昔を引きずり、長かった祖代・縄文時代は日本人がその後、外来文化を取捨選択してきた基盤であり、列島への大量渡来は確認されず五月雨でやって来た人々による島内における諸勢力の消長による日本史の歩み。
図左上 南方から北上して曙海から家族が対馬に約4万年前に筏渡海し、3.5万年前頃には沖縄(南下)から北海道(北上)まで列島中に拡がりました。
図中 広域交流、生業航海、陥し穴猟、円形キャンプ、磨製・神子柴石器等の文化を残し、青森・陸奥平野(50m海面下)での東西(太平洋、日本海正面)合流を基盤に北海道に進出して適応し、今、北海道祖人が道東ゲートウェイから「最初のアメリカ新大陸人」問題に関わったのかと世界の注目です。
図右、日本書紀・古事記における建国の物語(近年研究による神武東征や神社の実証性)の精神性を共有して歴史を育んできた始まり時代(旧石器時代名称は不適切で、祖代Sodaiとすべき)について、写真の中の一つ一つを、既報もご参考にゆっくりご覧ください。―日本祖代研究会(RGaPJ)

上左図日本史年表のとおり、日本史は約4万年前の曙海沿岸から対馬海峡(40-30km)を越えて北部九州への海民家族の筏渡海で始まりました。

3.5万年前頃にはそこから南下した沖縄、北上の北海道にまで拡がり。沿岸の遺跡発見は困難でも世界最古の釣り針や祖人骨が発見されたりしています。長い基層の祖代に次ぎ、今や「縄文文明」と言われる列島文化の熟成とそれの世界遺産への登録です。

右図、広域の交流や中央部の賑い、北海道への進出などを示しており、北海道祖人の白滝石器群は国宝に指定され、現在は道東ゲートウェイからのアメリカ新大陸人問題への関わり有無で北海道祖人が注目されています。記紀伝説に描かれた神武天皇陛下の降臨・発地の南九州は、大噴火被害を受けながらも種子(島)や熊本などの充実の始原痕跡に支えられ、反対・異論の無かった日本書紀・古事記の建国の伝説は、神武天皇陛下の具体的な「ご成婚」の状況記述など文物に示して「滑らか」(仏 レヴィ・ストロース)に歴史が繋がっています。―日本祖代研究会(RGaPJ)

1. 世界史の中の日本列島ルート、日本史の始まり

左図現生人類が南方から北上し、曙海沿岸から約4万年前に日本湖的だった時代の波静かな対馬海峡を筏で家族渡海したと考古学・DNA・古環境の分析等から導かれます。

祖人は海(海水面上昇で痕跡の発見難)・川(流域変化)辺に、平野・盆地に、基本的には遊動の暮らし振りでした。

2. 列島の実証古痕跡は充実、北に注目

右図黒耀石等の物々交換などによる広域の交流、知的で多人数が協力して大変な作業をする社会性を有した陥し穴猟、良質の黒耀石を求め約25kmを往復したとみられる「謎(朝日新聞)ではない伊豆の海における世界最古の生業航海、列島中央部における交流の賑わいの祖代。北では遠軽白滝の黒耀石群が国宝に指定されましたが、今は海中の青森・陸奥平野を基盤(北の揺り籠)とし、現在「最初のアメリカ人」問題への関わり可能性で、世界的にも「道東ゲートウェイ」からの北上の継続が注目されており、明治時代の先達が注目した北千島には旧石器、6千年前の縄文遺跡が発見されています。そして祖人の海上と陸地のこれだけの諸活動には、原祖語があったでしょう。

3. 建国伝説の南九州

右図下、実証古痕跡があり。人々の記憶が語り継がれ、日本書紀・古事記に記述された建国に関する内容は、作成した勢力のみならず特に太平洋正面の諸勢力が支持しますし、反論が無かった科学的祖発地の南九州です。真実は北部九州始まりですが、大陸・半島の勢力への対抗などを意識したものでしょう。いずれにしろ、記紀の教室における扱いの見直しが必要です。

この科学的な歴史の研究結果と人々の語り継いだ伝説・神話が「滑らか」(仏 レヴィ・ストロース)に繋がる日本史教育の教室改善を、世界に発信を。―日本祖代研究会(RGaPJ)

1.世界の「最初のアメリカ人」問題と北海道・青森

右図①はシベリア狩猟族の定説Bが近年のアメリカ新大陸太平洋沿岸ルート説の強まりで揺らぎ、A南方から北上した北海道東祖人は米国でも浮上し注目されています。

道東へは、米国一部の樺太から説と当時の青森・陸奥平野(現在は海中50m)からの北上説があり、樺太ルートは2.5万年以降とみられ新しく、3.5万年以前の青森・陸奥平野ルートが、現生人類のベーリング地峡到達2.5万年以前とみられ有力です。年表では始まり祖代の話で、文化・習俗等の基層としての厚みは日本史の6割になります。最初のアメリカ人問題では、Jomonは未だ登場せず,13世紀からのAinuは世界の誤解です。
2.教室がよく教えてくれない祖代の世界的な事象例

今や縄文文明と言われるも、その前の重要な始まり祖代はよく教わらず、知られず、内外に誤解も。旧石器時代という、世界語であって世界と違い、縄文、平安、鎌倉、江戸などの和語と合わない違和感の不適切な用語使用が一因です。左図のとおり、事象例は世界的なモノ・コトも多く、伊豆の生業航海や陥し穴猟、釣り針、磨製・神子柴石器など、「原始(人)」ではなく教室や図書館・書店における使用は誤解を招き不適切です。列島の1万件超の遺跡、最新のDNA分析等で、実は世界でも断トツの充実なのです。世界現生人類史の日本列島ルートでもあり、事象例を網羅しない教室は、周回遅れです。
事象例それぞれの地域では、学生教育施設と共に観光開発すべきです。そして今や注目すべきテーマは、南方スンダランドから南米南端の環太平洋移住はあったのか?が加わる状況です。
-日本祖代研究会(RGaPJ)

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