先ずは日本史の始まりに注目し、展示の税金は“日本の”教室含め文化貧国の抜本改革に!
近年、欧米学者は、旧人であるネアンデルタールやデニソワ人に関心を向け、そのホモ・サピエンスとの交雑にDNA分析の努力を指向しており、先進的な研究に遂に画期的なノーベル賞を与えています。
しかし、現生人類の「祖先はアフリカの黒人」であり、旧人の影響が1~4%混じり遺伝的影響を与えていると言っても、まだまだアフリカでの最初の新人、海辺の最初の新人、最初の日本列島人、「最初のアメリカ人」は未解明であり、現状で優先すべきは南米に残る「第1波先住民Population-Y」の分析による解明努力なのです。
こういう調子では、デニソワ旧人の石器が日本列島でハッキリ見つかり断定されれば大騒ぎとなりそうですが誤解の元であり、彼らは我々の祖先ではアリマセン。

➀近年のDNA分析研究で、アンダマン諸島やマレー半島、ベトナムの先住民と(祖)縄文人が”親戚”類縁であることが明らかとなり、現生人類(インマレオイド)が南方から北上し日本列島を北海道以北へ拡散した状況をNHKが報じました。
②4.2万年前には曙海北部の沿岸民家族が対馬海峡を越え(約35km)て対馬から北部九州に至り(五島~壱岐~出雲は陸続き)、祖人は沖縄まで(今地震で注目のトカラ越え)3.6万年以前に拡がりました。
③4万年前という大昔の日本史始まり時代の5W1Hが推定出来るという世界の驚きは、島国だから こそであり「我は海の子」と共に、コレを先ず子供たちに教えねばなりません。
④貴重な黒耀石を求めた世界最古の伊豆の生業航海(東京・神津島への行き来)も実は最初に朝日新聞が報じた謎ではアリマセン(当時の海水面低下で陸地が増し実質最長20km越え。今の黒潮分岐流もなく男だけの航海で、始まりの対馬越えより容易)
広域交易は⑤知れば東京小平・鈴木遺跡には世界の驚きであり、祖代の”新宿”の賑いでした。その重要性に比し、展示場・内容(質は充実)は予算が使われていない「文化貧国」を示すもので誠に残念です。
⑥当時の東西方向からの北上民の賑わいの青森・陸奥平野(当時の標高は今の四谷・迎賓館くらい)(海中の遺物調査を)は、広域活動で更なる北への発展の基盤であり、その後の縄文の最古土器も三内丸山も当然と納得です。
⑦言われてきたマンモス・ハンターの痕跡などは無く、北海道祖人は今や世界注目の「最初のアメリカ人」候補なのですが、ここでも予算が投じられず、ロシアやアメリカとの共同研究をリードすることも、明治時代の先達である坪井・鳥居以来の貴重な研究遺産は、埃を被ったままの残念な状態で放置されています。200億円ウポポイ展示館での一挙公開を、世界が待っているのです。
―日本祖代研究会(RSoJS)
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