そもそも1万件を超える日本の旧石器遺跡は、始まりのこの3方向図を否定しています。さて、図で明瞭なようにベーリング地峡越えのAが17,000年前以前なのに、Cの太平洋のイースター島へ人類が達したのは紀元後の話なのです。Bのシベリア狩猟族とこのアマゾン族はどうにも結びつきませんし、Dの欧州族もとても考えられません。世界にとって重要な日本の始まりについて、時代の違うものを混在させた3方向渡来図が、世界に誤解を与え問題解決のブレーキとなっているのです。環太平洋移住説(Migration along Pacific Ocean Rim)に光を当て、「最初のアメリカ人」議論にも参加しましょう。
武漢コロナで自宅学習が多いピンチは、チャンスです。先生が教えてくれない日本史を学ぼう。日本始まりの私たちの祖先・「日本祖人」は、2.9万年前頃の姶良大噴火と2万年前頃のLast Glacial Maximum 最終氷期最寒期を乗り越えて、バトンを次の縄文人に繋ぎました。南方から渡って来て、島国でこの長い期間に育まれ熟成された私たちの信仰・習俗、文化の基層が、私たちの特徴の元です。月にロケットが飛んでも、人がそんなに大昔と変わらないのは、武漢コロナの騒ぎを見てるとよく分かりますよね。
明治~戦後の歴史関係者は、現代に残る諸痕跡から日本人のルーツは南方だとしていました考えていました。その後のDNA分析からアフリカ単一説、1万件を超える旧石器遺跡の発見状況、環太平洋語族説などはこれを益々実証しています。「昆布ハイウェイ説により、今やアフリカ~Sundaland~日本列島~米新大陸南端まで、①千島列島は次々に見えて行けた、②ベーリング地峡沿岸は、北海道とあまり気温に差が無かったことなど、一応のHuman Great Journey が描けるに至っているのです。