世界からお客さんがやって来る、改めて出アフリカのイブ仮説に基づく、世界の皆が「親戚」である事を認識しましょう。最新説から我々関連は、まず①南、北ルートで②ベーリング地峡・アメリカ新大陸に至り、その後、③ユーラシア北東部で降雪寒冷に適応して身体・DNAが変化した「モンゴロイド」が、拡散(南下東進)した大きくは2段階説となります。

この点で、初期の欧州人類学者が、①の人々を古モンゴロイドと呼称したのは不適切で、始まりの南方ルートは「インマレイド」と呼ぶべきです。今、問題は、アメリカ新大陸への人類の拡散時期について、3万年前説(英Oxford大学)が登場して、最初のアメリカ人Nativesは3~1.7」万年前頃のいつか、舟で北太平洋沿岸を入って来たと考えられる事です。

その時代は、 北米大陸を覆っていた氷床の1500kmに及ぶ「無氷回廊」陸路 は閉鎖中ですから、もはや、せいぜい1.4万年前頃にそこを通って入って来たのが最初とは、とても言えません。さて、A北海道 かBシベリアからかという事もさることながら、一旦、②の段階でベーリング地峡で数千年にわたり留まり、DNAが変化したという「滞留説」もあり論議をよんでいます。当時の沿岸の痕跡は、今は100m以上もある海底にあり、隆起した土地での調査をもってしても解明は容易でないです。従って、周辺の北海道や中米、南米であっても3~1.7万年前頃に関る考古遺跡は大変重要となります。世界最高レベルの発掘実績を誇る日本 の祖人・北海道Proto-Japanese Hokkaidoの暮らしの解明に対する 期待は大きいのです。子供にしっかり理解させましょう。

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家族が、造った舟で外洋を3~40km、北部九州に渡って来た認知力を有する祖先によって始まった日本祖代は、「原始」生活と言うより「自然共生」がふさわしいです。海水面が低下していましたので瀬戸内、東京湾は陸地でしたし、五島から隠岐までも陸地が拡がっていましたが、なんとこの図は実によいイメージ(大阪、京都、愛知はずっと後なので割引を)なのです。

始まりは左下、南方から曙海西方の北東ア平野の沿岸を北上し対馬(もしかしたら五島)に渡来し、曙海東岸を沖縄へ、また、大雪の降らなかった列島の東西から北上して行って北海道にまで、3万年前には拡がっていました。痕跡は見つけられませんが、海岸の魚貝・海藻を食した暮らしも表現されていますし。アルカリ性土壌のおかげで人骨が発見されて復元された、写真のような沖縄の祖先(石垣人、港川人の様 な老若男女 )が拡がっていたわけです。他に、当時の道具作りの宝物であった黒耀石の原産地である、八ヶ岳、伊豆の海を越えて行き来した神津恩馳島、遠軽白滝、隠岐、腰岳なども注目です。

最後に、北海道から北上を続けて行った先の今世界で話題の「最初のアメリカ人First Americans」という、 国際的な 問題です。

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それは日本祖人・北海道Proto-Japanese Hokkaidoが北上を継続して、北太平洋沿岸・「昆布ハイウェイKelp Highway」から 17,000年以前に、舟で入って行った、最初のアメリカ先住民の祖先の候補であるからなのです。 皆さん、島国だからなのです、万年の大昔をこんなに描けるなんて世界にないです。考古学者さんにも感謝です。 海外に発信しましょう、何よりも子供に教えましょう。

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米ルイスビル大が、人類が欧州西端ポルトガル大西洋岸に到達したのは4.1~3.8万年前だと発表(9月28日)しました。これは、アジアの東端である日本の北部九州到達と奇しくも正に同じ時期です。

現生人類はアフリカで誕生し、出アフリカそしてユーラシア到達地域からの「出立」で、人類の初期移住は、①南、②北、③欧州ルートがあり、移住速度が早かった南、寒冷への適応の北、ネアンデルタール旧人対応の欧州ルートという主な特色があります。今回の発表で、欧州ルートは、東南部ブルガリアに着いてからは2~3千年というスピードで西端に至ったそうですから初めがゆっくりだったのは旧人が居たからでしょうか? 逆に、北ルートは、必ずしも歩みがはっきりしませんが、アフリカ人にしては早かったとすれば、旧人から衣食住についてよく学び改善したのでは思わせます。

さて、日本祖人ですが、スンダランド~豪州へは学者を驚かせるスピードでしたが、考えれば緯度がアフリカ出発地域と同様ですから当然ともいえます。そして、スンダランドからの北上は、やはり天候気象、動植物相が違いますから期間を要し、海の越える事にも期間を要したのでしょう。北海道へは明らかに降雪寒冷環境変化への対応に期間を要したのでしょう。ここで日本ではこれまで無視されていますが、図のように北海道からの北上継続が時期的には南下より先で、かつ、世界人類史的には重要です。さて、北と南からベーリング地峡に向かいますが、現在、米臨海地域の最古の遺跡は1.5万年前です。

最近のOxford大の発表で、最初のアメリカ先住民は、3~1.7万年前からとぐ~んと幅が広がっていますが、沿岸から舟で、です。

北、南、いずれのルートか、各々がどのように関わっているのか、注目です。世界には良く知られていませんが、言語学的には、南ルート(元日本言語学会長 松本克己博士)なのです。

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巷間、日本史本が出ていますが、始まりの重要な時代はほとんど無視されています。物理学の方では、触われないダークマター・エネルギーに今、目が向いていますが、日本史は石器・土器に触われるのに、たいして関係ないと勝手に決めて語っていません。

問題は、例えば①~④に、勿論正答は期待しませんが、全く意見を言う気もなく問題意識もなく、92.5%を無視しても日本史が語れると傲慢に思っていることで、オリンピックで来るお客さんの質問に考えを言えず、楽しい学び合いの会話にならないことです。学生・生徒が、自分の意見を言えるようにしましょう。

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カリフォルニア大Fagan教授は名著で、左下図5.5万年前頃の事故ハプニングで生物の分布境界線を越えて始まったと考えられるスンダ~サフル航海から、先史時代の現生人類の各地における様子を伝えています。

特に厳しい環境の第1図アリューシャン列島における海の民アレウト族(遺跡は9千年前から)について環境、高度な操舟(父子)、流木・海獣トドの皮を使う造舟(北の海に適した性能)などについて語っていますが、残念ながら第2図日本祖人が、3.8万年前頃から、伊豆の海を黒耀石採取に「行き来」往復していた世界人類史の最古の航海活動については書かれていません。神津・恩馳島の古いその年代の黒耀石が、原産地特定分析で南関東・静岡で発見されているものの人骨もフネも遺物として発見されていないため、「謎」扱いなのでしょうか。当時は数十mの海水面低下で陸地が拡大し、北から分岐流があったとみられ、伊豆はカヌーの元になったともいわれる狩野のある優良木材産地でもあり磨製石器もありました。そして、何よりも島々が見えていて、効率的で容易な往復航海路案(赤点線)も考えられますから「謎」ではありません。オリンピックの機会に是非世界に広めましょう、勿論、教科書にもです。出来ましたら、城ケ崎・大島~神子元島・恩馳島の海域を開放して、太古をたどるカヌー航海や楽しめる競技を企画してもらいたいものです。

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オレゴン大学Erlandson教授が、最初のアメリカ人First Americans・Natives研究で、北太平洋沿岸昆布ハイウェイKelp Highway の豊かな海獣・海産物等の食と東西の共通性に着目し提唱しましたが、有茎石器の共通性にも着目して図化しています。即ち、伊豆の海などを行き来していた海の民系の日本祖人Proto-Japanese・縄文人とアメリカ先住民が、万年前から関連性があったことに、はっきり着目してい ます。無論、鎌倉時代頃からのアイヌは全く関わりません。 こういう話があることすら教えない、国際的でない学校教育は問題です。 北海道の先史を研究し整備し世界に貢献を。

日本史を縄文時代からしか語らない、語れない。世界に通用しない旧石器時代(世界各地でイメージに違い)、先土器時代、無土器時代という最初がはっきりしない用語しか知らない。祖先の世界史的な偉業である①黒耀石を求めた伊豆の海の行き来、②局部磨製石器の製作、③陥し穴による狩猟、④環状のキャンプ、⑤石垣人などを知らずに、祖先を原始人と認識し呼んでいることを改革しましょう。

約4万年前の北部九州(主流説)から始まり、3万前には沖縄~北海道まで拡がって基礎ができました。2代目の縄文時代以前の日本祖代、祖人という概念、用語の元に、歴史ある父祖の地で、鎌倉時代頃(北海道大学のDNA分析)からと出ているアイヌを先住民族と呼ぶことは、世界、国連UNに誤解を招く誤りです。3万年前からの日本祖人・北海道Proto-Japanese Hokkaidoは、最初のアメリカ人・先住民の祖先の候補(米スミソニアン博物館誌)であることが、今、世界の注目なのです。

表題の人類史の最後の謎、北太平洋沿岸をフネで入って来たとみられる「最初のアメリカ人・先住民」の祖先として、「日本には3.5~3万年前にフネで(伊豆の)海を行き来していた人々がいた」(米スミソニアン博物館誌)ことが、今注目されています。当然、そうなれば北海道から北上していった祖人・Proto-Japanese Hokkaidoが対象となります。

さて、左図の石垣人は図の「曙海」ほとりの民で、当時を考えれば九州・沖縄本島の人々とそう違いはありません。そして北海道では、縄文時代より前の祖代の磨製石器、遠軽白滝の黒耀石などの諸石器が道内各地で見つかっていますが、決して熊や北キツネが使った物ではなく、祖人・北海道の歴史物であることは石垣人の存在によってはっきりです。即ち、4万年前頃に北部九州に渡ってきて、余り地域差なく沖縄~北海道にまで拡がった祖先を考えれば、日本祖人・石垣島で何の問題もありません、個人差はありますが。先生、東京の「弥生町」で見つからないとダメなんですか? 執拗不要に「厳密」を言いますが、それって、実は沖縄差別です!

この誤解を招く宣伝写真は酷い。最初のアメリカ人First Americansは、3万年前頃からの日本祖人・北海道Proto-Japanese Hokkaidoが、その祖先の候補(米スミソニアン博物館)であり、鎌倉時代頃からのアイヌ(北海道大学DNA分析結果)は全く無縁の対象外で、先住民族ではありません。また、アイヌは白人の血が入っているという 一部の主張 も、全くの誤解(DNA及び遺跡遺物の分析などの研究)です。

東京・札幌オリンピックでは、父祖の 長い 真の歴史を世界に。

日本列島史は、世界人類史の中で注目すべき重要な区間なのです。

USオープン優勝の大阪なおみが、アフリカ民族衣装で現れた。出アフリカ~南方~日本列島・大阪~アメリカか?

皆さ~ん、列島縄文人には親がいましたよ、それは「日本祖人」Proto-Japaneseですよ。約4万年前に南方から北部九州にフネで渡り、早い時期から賑やか関東と新潟・北陸が繋がり、3万年前には沖縄から北海道にまで拡がっていました。今では、フネで北太平洋の沿岸を入って行った「最初のアメリカ人」の候補で世界が注目していますよ。東京・札幌オリンピックで説明を。

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世界人類移住史の最後の謎は、第2図のアメリカ新大陸の沿岸を舟で、①最寒期LGMの後、沿岸氷床が融けてから進入し、昆布ハイウェイの米本土コロンビアJct出口から内陸に入って行ったのか、②最寒期、既にベーリング地峡(夏季は今よりちょっと寒かったが、問題の冬季は今とあまり気温に差がなく、南部は虫痕跡の分析から生活可能で、大型哺乳動物などもいたとみられる)で滞留して数百名以上が数千年間暮らしてDNA変化を起こしていたのか、③最寒期のずっと前、沿岸氷床の無い時代に進入し沿岸を南下して行った(英Oxford大新設)のか?です。 

これまでは、①考古学派と②DNA派の論争でしたが、英Oxford大が北米等の42遺跡の分析などを踏まえ③を発表したので、侃々諤々です。微生物の分析で、当時の浜辺や陸地が解明され研究が進んでいます。さて問題は、米スミソニアン博物館が、「日本では3.5万~3万年前に本土を離れて外洋を舟で行き来していた」と本件に係る重要な紹介をしてくれていますが、伊豆の海での舟の行き来は3.8万年前からですし、3万年前というなら青森を出て北海道で暮らし始めた時期です。北海道での祖人の拡がり、暮らしぶり、全道的な遺跡・遺物の状況、千島列島への北上の可能性などについて日本からの発信が弱いため、研究寄与は不十分です。オリンピックのお客さんに、北海道史はどうだったのかと訊かれれば、誠にお寒い現状(鎌倉時代からのアイヌは全く関係ありません)です。

学生・生徒はもとより、まずは、自民党総裁候補、東京と北海道の知事さんが、問題の存在を知り、日本・北海道先史をきちんと語ってほしいものです。そして、科研費を投入し、世界人類史メダルを目指しましょう。

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人類史上の最後の謎、アメリカ新大陸へは、「誰が・いつ・どのように」について、3万から1.7万年前頃、沿岸をフネでやって来た説が最新です。

となれば、そもそも南方から北部九州にフネでやってきて列島に拡がった日本祖人が、①3.8万年前から伊豆の海で黒耀石を採取に「東京」諸島をフネで行き来し、②3万年前頃には青森から海峡を越えて雪と寒さの「北海道」に適応して暮らした事は注目です。何しろそこから南米までは、近年注目の昆布Kelpハイウェイ繋がりなのです。しかも、肝心の北太平洋では、③昆布・ラッコ、海獣・海鳥卵の魅力ある食の豊かな処女地が、西岸と東岸という類似性で繋がっていましたので、厳しい寒さでも乗り出して行った事でしょう。ちなみに、④南米アンデス高地(3~4千m級)の部族には、2週間かけても海藻を求めて行き来する人々がおり、更に太平洋沿岸は、言語も類似(松本克己博士)(下図 桃色)です。
正に世界が今求めている北海道・東北先史は、この視点で 要チェック 、見直されなければなりません。

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最新版では、「日本人は何処から」講義が消えました。確かに源氏は世界に誇る金メダルですが、日本祖代、縄文時代から奈良時代まで日本の基層文化については何も有りません。第1図、英Oxford大が、42か所の遺跡分析等から「最初のアメリカ人・先住Natives」は3万年前頃、舟で入って来たと驚きの発表をしました。異論もありますがともかく一石を投じ、当然、昆布ハイウェイ上の「北海道祖人Proto-Japanese Hokkaido」は38,000年前から伊豆の海で黒耀石を求めて行き来していた海の民系子孫ですから祖先候補として注目です。

また、第2図、米Harvardの文科ではない医科大が、南米アマゾンの3古部族のDNAを調べたところ、北米、ユーラシアには見つからず、東南アジアのSundaland地域の先住民と類似だという驚きの発表で、記者の質問に「太平洋を渡って来たんじゃないの」と笑って終わっていますが、人類が乗り出したのはせいぜい3千年前ですから話になりません。ここでも「環太平洋移住MPOR」説となり、北海道が注目なのです。東京・札幌オリンピックで、「北海道ってどうだったの?」と来客に訊かれてハーバード日本史教室をめくっても答えが無いのです。中には、「アイヌが」(問題外の鎌倉時代からです!)と答えて逆に笑われる学生が出るかもです。先生方、どげんかせんといかんですよ、わやです。

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昨年の今日、ニュースが飛び込んできました。 アメリカ北西部コロンビア川畔で見つかった石器などから、「最初のアメリカ人・先住民Natives」の祖先候補に「北海道祖人Proto-Japanese Hokkaido」が急浮上しました。 歴史学界も官庁もメディアも、その後も相変わらず周回遅れは改善されていませんが、今の世界歴史学会のトレンド、青森・北海道からアメリカ西部海岸にまで、暫し思いを馳せましょう。オリンピックでは必ず世界の問題になります。

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