やはり、学校教育は罪深いです。「最初のアメリカ人」のシベリアルートが揺らぎ崩れているため、世界学界では南方からの右第1図、日本列島に注目(緑線)して来ていますが、井の中の論争相手多勢は、全く理解出来ずトンデモ話扱いです(学問に多数決はないのに、聞く耳を持ちません)。北海道へは北から南下の信念強固で、頑迷。
さて、折角の第1図南方・日本列島ルート着目ですが、日本学者の発信が無いので問題が2つ。①南西諸島の慶良間ギャップが約200km、②アリューシャンのアッツ島へは450km(赤〇)で、万年大昔には家族が舟で多数が行くのはムリでしたでしょう。で、黄色線に修正です。次にベーリング地峡の細部ですが、第2図、A沿岸とB内陸です。ルートはa、bで、有力説の「舟で沿岸・昆布ハイウェイから」となるとBで来てb2に切り替えが、容易な事ではないですがあり得ます。更に、A、Bが混血してCになって入って来たことも考えられます。今、世界はここを幅広く何とか解明をとなるのですが、激論君たちとはとてもここまで話は行き着きませんでした。彼らは縄文以前は用語も意義づけも従って議論は無く、無関係と言うのみです。鎌倉時代からのアイヌは、彼らにとっての始まりである縄文からと言う1点張りで、他人の話を理解する気がなく、聞いたことないトンデモで切り捨てです。 激論の彼らが相手にしない北海道「日本祖人」は、重要な候補なんですが残念、 まずはため息と共にご報告。