日本祖人、始まりを新人の拡がりから探る!

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今に繫がる氷河期の現生人類・新人が、海を越えて出アフリカしたことは注目されるべきです。

そして、早い時期に豪州に舟(筏)で渡っている事は、①知力があった、②寒さは苦手であったことを示しています。

遺跡の痕跡を簡単に陸地で移動したかのように道なき内陸に線を引きますが、猛獣・毒蛇などと夜の冷え込みを考えるべきです。

先ずは、マングローブの食物もある移動しやすいルートでしたでしょう。猛獣は、水辺には追いかけて来ないでしたでしょうし。

九州に渡って来て北海道にまで拡がりましたが、止まる筈が無かった(プーチンはいなかった!)ことも留意すべきです。

こんな大昔に遠軽白滝の黒耀石が沿海州で見つかって、「交易」かと欧米学者は驚きますが、爺様の所に宝の石があったくらい知っている事です。

海水面が数十m低かった海浜は移動しやすい事でしたし、何より「海の民」性は今に残る列島人の特徴です。生魚と海の雑草を食べる変なヤツと言われてきました。

その日本祖人が、昆布kelp・sea tangleハイウェイをアメリカ新大陸に入って行ったことも驚きでは有りません。

また、舟で伊豆諸島の神津・恩馳島に黒耀石を採りに行き来していて世界を驚かせていますが、これも舟を造り曙海を越えて来た祖先ですから驚くには当たりません。

但し、こんな大昔に大陸内部から来た人が、簡単に舟を造り、外洋を操舟出来たろうと考えるのは間違いでしょう。

例えば、アリューシャンの人々は、親から子へ厳しい鍛錬による積み重ねて来た操舟・漁ノウハウの継承がありますし、半年かけて女性陣が皮の舟カバーを丁寧に縫い込みます。

出アフリカ後の新人の拡がりと当時の環境を考えれば、日本祖人の始まりが見えてきます。

(了)

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